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【壮絶】小田凱人(ときと)の生い立ち | 父・母・兄弟など家族構成もご紹介

高校生にして車椅子テニス世界ランキング1位に上り詰めた小田凱人(ときと)さん。

車椅子テニスという特殊な競技にどのような敬意でチャレンジすることになったのか小田凱人さんの生い立ちが気になる方も多いのではないでしょうか?

今回は小田凱人さんの壮絶な生い立ちをご紹介していきます。

合わせて父・母・兄弟含め家族構成もご紹介していきますので、最後まで読んでくれたら嬉しいです!

目次

小田凱人の壮絶な生い立ち

まず小田凱人さんに関して最も気になる点としては、『なぜ車椅子テニスをする事になったのか?』だと思います。

車椅子テニスをする事になったきっかけや転機は小田凱人さんが小学生の時に訪れました。

順を追って解説します!

小田凱人の幼少期〜小学校時代

小田凱人さんは2006年5月8日に愛知県一宮市で生まれました。

幼少期の小田凱人さんはご自身と同じ左利きのサッカー選手の本田圭佑選手やリオネル・メッシ選手に憧れるサッカー少年でした。

両選手の動画を見ながら必死に練習し、本気でプロサッカー選手を目指されていたそうです。

そんな小田凱人さんに転機が訪れたのは小学校3年生の時。左足に違和感を感じていた中で、運動会のリレーに出た後、股関節付近に激痛が走り病院を受診。

検査の結果、下されたのは左股関節の『悪生骨肉腫』でした。

9歳で骨肉腫を発症し車椅子生活

小田凱人さんは、骨肉腫と診断された後手術を行い、車椅子生活を余儀なくされてしまいます。

▼骨肉腫とは
骨肉腫(こつにくしゅ)とは、肉腫の組織型の1つで、悪性の間葉性腫瘍のうち造骨細胞への分化ポテンシャルをわずかでも有し、腫瘍骨を形成する能力を持つものである。

別名は悪性骨形成性腫瘍(あくせいこつけいせいせいしゅよう)。ほとんどが骨に生じるが、稀に骨とは離れた軟部組織からも生じることがあり、これは骨外性骨肉腫 と呼ばれる。

引用:wikipedia

骨肉腫は骨にできる癌の一種で、特に10代後半などの若年層に発症しやすく、原因はわかっていない疾患です。

小田凱人さんは2015年9月に人工関節を入れるために手術を受け、術後は2ヶ月ほど寝たきり状態が続いていました。

足が痛いと同時に大好きだったサッカーがもうできない悔しさから毎日泣いていたそうです。

ただそんな中でも以下のような気持ちで自身を奮い立たせていたそうです。

自分の病気も珍しくて、何万人に1人。選ばれたつもりで、胸を張って。

引用:インタビュー内容から抜粋

車椅子テニスの絶対王者『国枝慎吾』を知り車椅子テニスの世界へ

サッカー選手になる事を諦めざるおえない状況に陥り、夢を失った小田凱人さんですが人生の転機が訪れます。

担当医に勧められた事もあり、パラスポーツを見るようになっていた小田凱人さんですが、その中でロンドンオリンピック車いすテニス決勝国枝慎吾さんの試合を見て大きな感動を受けました。

▼国枝慎吾とは?
元プロ車椅子テニス選手で男子世界歴代最多となる計50回(シングルス28回、ダブルス22回)優勝の記録保持者で車いすテニス界の絶対王者。2023年1月に世界ランキング1位のまま引退されました。

この出来事をきっかけに新たな夢を『車椅子テニスで世界一になる事』と決めました。

その後2度に渡り、肺に癌が転移してしまうなど、険しい道のりが待っていましたが、早くテニスがしたいが為に辛いリハビリにも打ち込む事ができるようになったそうです。

小田凱人さんは後に癌が転移してしまった時の事を次のように語っています。

うまくいくわけがない。うまくいかないのが、僕の中で普通。そこでくじけたりっていうのは全くない。

引用:インタビュー内容から抜粋

小田凱人の中学校時代

小田凱人さんはその後地元愛知県一宮市内の公立校・一宮市立西成中学校入学と同時に岐阜インターナショナルテニスクラブ入り、指導を受け始めました。

当時なぜこのクラブを選んだのかを聞かれた際に、小田凱人さんは以下のように答えていました。

まあもちろんコートの魅力だったり、クラブの魅力だったりっていうのもあるんですけど、やっぱりコーチたちの今までの指摘だったり教え方っていうのが凄く自分にフィットしている部分があったんで。

引用:https://wowowtennisworld.jp/ 小田凱人選手

ちなみに当時指導に当たっていた方が熊田浩也コーチという方なのですが、どのような指導方法なのか調べていた所以下のようなインタビュー内容がありました。

僕もともと、駒田唯衣(テニスジュニア選手)とかの健常者の方がメインのコーチングだったので、車いすテニスプレーヤーを教える時に、まあ基本的には健常者扱いするよ。指導方法も練習メニューも基本的にはもう健常者と一緒のメニューで練習していこうって所からスタートして、健常者同様基本っていう部分を大事にして地味な練習をもうひたすらコツコツやっている。

引用:https://wowowtennisworld.jp/
筆者

健常者と車いすテニスプレーヤーを差別しない、見方によっては厳しい方針が小田さんには合っていたのかもしれませんね!

そんな環境で夢に向かって練習を続け、2020年にジュニアマスターズの国際大会で優勝すると、2021年には史上最年少で車いすテニスジュニア世界ランキング第1位となりました。

ちなみに小田凱人さんの中学生時代は

  • 非常に朗らか
  • 周りに人が集まる人気者
  • とにかく努力家
  • 探究心・好奇心が人一倍強い

だったそうです。

これだけ苦労をして朗らかで努力家だったら人気者になるのも当然ですね!

小田凱人の高校入学〜現在

小田凱人さんは高校に私立N高等学校(通信制)を選びました。

N高等学校はインターネットの授業が中心となる高校で、おそらくテニスに専念できる環境を考えて通信制の高校を選んだのだと思います。

夢に向かって猛進してきた小田凱人さんですが、高校入学当時を振り返り以下のように話していました。

「中学を卒業した直後の4月から5月は、友だちが楽しそうなSNSを上げているのを見て『普通の生活に戻りたい』と思うこともありました。」

引用:https://www.parasapo.tokyo/topics/104679

小田さんは高校入学と同時ににプロに転向したことでテニスについてより深く関わる事になり、学業とテニスの両立に一生懸命だった中学校時代には感じなかったプレッシャーを感じるようになっていました。

ただこの翌月に日本代表としてワールドチームカップに出場した際に、車いすテニスを始めるきっかけでもあった国枝慎吾さんらと一緒に戦う事で、気持ちが吹っ切れたと語っています。

吹っ切れた後は、以下のようなリフレッシュ方法でプレッシャーと上手く付き合っているようです。

暇な時間はマジックペンで絵を描いたり、YOUTUBEの格闘技番組を見たりしています。コロナ禍で増えた趣味は、ギターかな。もともと音楽は好きでいつも聴いていますが、父親が持っていたギターを借りて何曲か弾けるようになりました。

引用:https://www.parasapo.tokyo/topics/104679

その後、2022年11月にはNECマスターズで史上最年少の世界年間王者となり、国枝慎吾さん引退後の2023年6月には全仏オープンで優勝し、史上最年少で世界ランキング1位となりました。

ちなみに世界ランキング1位になった後、小田凱人はインタビューにて以下のように語っていました。

病気を乗り越えたという感情とは少し違う。乗り越えるべき壁ではなかったし、くじけなかったし、闘うものでもなかった。それをプラスにして、障害がないとできないスポーツ、限られた人しかできないスポーツなので、それがあって車いすテニスができているし、今の注目度がある。乗り越えたというより、あくまでも人生の分岐点だった。

引用:インタビュー内容から抜粋

小田凱人の両親(父・母)兄弟の家族構成

これだけ活躍されてる小田凱人さんがどのような環境で育ったのか調べる為、家族構成について調査しました。

小田凱人さんの家族構成は両親と姉・弟1人の5人家族になります。

一体どのようなご家族なのでしょうか?

小田凱人の父はどんな人?

小田凱人さんの父親の名前や職業は不明ですが、車いすテニスを始める際に父親が近所の公園で小田さんの練習相手になっていた事が上記のYouTube動画からわかっています。

また先ほど小田凱人さんがギターを引いたりしてリフレッシュしている事について言及しましたが、こちらは父親の影響のようで父親も趣味でアコースティックギターを弾いているそうです。

また小田凱人さんはかつて『両親は自分以上にパワーがある』と語っており、グランドスラム制覇の要因の一つに『お前ならできる!』という力強い言葉を父親からもらった事と話していました。

小田凱人の母はどんな人?

引用:YouTube

小田凱人さんの母親は・小田直子さんです。

小田直子さんはYouTubeの動画内で、病気でサッカー選手を諦めざるおえない状況となった息子について、次のように語っています。

楽しみをふやしてあげることぐらいしかできなかった。

引用:YouTube

今もテニスの送迎や生活のサポートを献身的に行なっているそうで、小田凱人さんの活躍の原動力となっている事は間違いないですね!

小田凱人の兄弟は?

小田凱人さんの兄弟は姉と弟がいる事がわかっています。

姉に関しては細かい情報は一切ありませんでしたが、弟に関しては『桃次郎さん』という名前がわかっており、2023年時点で13歳という事で小田凱人さんとは3-4歳差のようです。

かつて小田凱人さんについて、弟さんが次のように語っています。

(兄を)学校で自慢しています。

新聞に乗ったら新聞を持って行って同級生に見せたりしています。

引用:https://www.nagoyatv.com/news/?id=015485

このインタビューでもわかる通り兄弟仲は良いようで、弟さんとは自宅で卓球をしたりするそうです。

まとめ

ここまで小田凱人さんの生い立ちや家族構成について解説してきました。

幼くして大病にかかり夢を諦めざる負えない状況に陥った中でも、家族の支えがあり世界の頂点まで上り詰めた小田凱人さんとそのご家族には尊敬しかできません。

2023年時点17歳の小田凱人さんですから、今後憧れの国枝慎吾さんのように絶対王者として長くご活躍される事でしょう。

小田凱人さんの記事は他にも書いていますので、ぜひ合わせて読んでみてください!

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この記事を書いた人

エンタメパルスの運営者サトシです!
サラリーマンとして働く傍ら、有名人に関する最新のニュースを中心に情報発信をしています。ぜひ気軽な気持ちで楽しんでいってください!

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